貧血との関わりは、高校時代にさかのぼる。

何年生の時だかは忘れたが、献血をしに行ったある日、ちょうどその当時始まった400ccの採取が、血液の比重が基準値以下となっていたためできなかったのだ。

その時は、オレンジジュースを戴いて帰ってきたが、それ以降も献血ができたりできなかったりで、大阪の献血センターで検査してもらったところ、貧血気味と診断される。

母親が料理上手で食事の偏りはなかったし、家族で誰も貧血になっていなかったので、なぜ自分だけ貧血になるのか不思議に思っていた。

学生時代は、登山の練習でランニングは日常的にしていたが、特に走れないということはなかったので、あまり気にもとめなかった。

社会人になり、結婚をした契機に危険を伴う登山は止め、マラソンに転向する。

東京に転勤した20代後半は、主に皇居でトレーニングをしていたが記録はどんどん伸び、サブスリーを目標とできる(ねらえるレベルまでは行っていない)までになる。

しかし30歳の頃、職場の健康診断で貧血と指摘され診療所で見てもらったら、原因はわからないが鉄欠乏性貧血と言うことで、しばらく鉄剤を飲むこととなった。

それなりに回復し、その後は貧血なのかオーバートレーニングなのかわからないが、全く走る気力が無くなり2~3ヶ月間練習を休んだ時期もあったけれど、この頃が走力のピークで、サブ3.5も2回記録することができた。

30台半ばに入ってからは、走り込むと、ふくらはぎの肉離れやアキレス腱の炎症を起こし走れなくなったりした。

故障のおかげで、毎年の健康診断ではヘモグロビン濃度が基準値ギリギリにとどまり、貧血と診断されるまでは至らなかった。

40代後半にも貧血気味で満足なトレーニングができなくなった時期もあったが、脚の故障が転じて水泳のクロールにはまり、プール通いをするようになる。

そのおかげで、タイムは遅いものの遠泳クロールができるようになったが、走力は落ちる一方。

50代に入って間もなく長野に転勤し、自由な時間が増えたのを契機にマラソントレーニングに熱が入るようになったが、舗装路の坂道で練習をし過ぎたせいか、本当の貧血になってしまう。

長野の日赤で血液内科の専門医にしっかりと診察してもらい、まずは鉄剤で血液状態が改善した。

さらに、貧血の原因はピロリ菌の感染による胃炎から来る微少な出血と判明した。

そこで抗生剤の内服により除菌し、今日の検査では、晴れて駆除が確認された。

今日の血液検査の結果では一見数値が悪くなったように見えたが、大事なのは鉄やフェリチンの数値らしい。
  • 赤血球数(基準値400~560):371→392→429→420(10^4/μL)
  • ヘモグロビン濃度(基準値13.5~17.7):11.9→13.1→14.2→13.9(g/dL)
  • 鉄(基準値40~200):98→163→102→190(μg/dL)
  • フェリチン(基準値50~200):11→34→48→46(ng/mL)
担当医師の説明では、フェリチンは若干低いそうだが鉄は十分であり、薬で補給する必要はないとのこと。

鉄剤服用を止めて1ヶ月になるが、練習を続けながらもこの数値であれば、当分は大丈夫だろう。

これまで、ランニングフォームを1年掛かりで見直し大臀筋を主に動員する走法を身につけることができたし、風呂の浴槽内でのふくらはぎの指圧も続けているので、脚の故障はしばらく起きていない。

まずは、ハーフマラソン95分、フルマラソン3時間30分を目標に、練習に励もう。


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